長崎の「が」はビダク音
試験管への回帰思想を抱き続ける宮城ま咲の文芸的日々と非文芸的ぽろり。ふろむ長崎
先月熊本に行ったんだよ。
猫を買ったことがありません。宮城です。
これまで実家で飼ってきた歴代の皆みんな、拾ったり、着いて来たり、かよって来たり。

今年亡くしたさくらさんは、熊本でゲットしてはるばる海越えて連れ帰った子でした。
大学の近くをうろうろしてたのを友人が保護し、私が譲り受けて、一応譲渡先を探してはみたものの全然見つからなくて、実家で引き取ることになったのさ。
当時は難色を示していた母ですが、いつの間にか、もうべったりべったりでした。
出かける日の朝にばぁばを起こすお利口さんだったしなぁ。
心配なので、さくらさん亡くなってからは実家に月1~2回ペースで行くようになりました。
ほら、精神的ショックが大きい出来事があると、認知症進むとかっていうじゃないですか;
母も70代半ばですしー。
今の実家には、私が以前長崎市内で拾ったあきさんがおりまして、だいぶん支えにはなってくれています。
白地が多いので、この時期は猫まんじゅうすぐる。
むにむにのほこほこだよ…はあぁぁぁ…(思い返し悶え)
今年のクリスマスは兄が職場で取り扱ってるケーキとケンチキを持って実家に来るらしいので、私も呼ばれることにしました。
正月は行かない。この点は例年通りです。
その次は父の祥月命日で集まるのかな?たぶん。
場所は実家じゃなくて県北の本家の方だけど。法事の前後にどうするかは未定っ。


さて本題ー
11月の2週目のことですが、熊本に行ってきました。
母方の親戚が熊本に暮らしていて、ご高齢で。
地震でお風呂場が壊れたよとか、ちょっと体育館に避難してたよという話は聞いていましたが、ウチは適切なタイミングで車や健康な人手を出せるというわけでもなし、落ち着いてないところに行ってもお邪魔なだけだよね…ということで、気になりつつ何もできずにいました。
秋になってそろそろ落ち着いたかな、様子見に行こうかという話になって。母も、体の動くうちに熊本行きたいと言うしで。
今回は海越えルートで行くことにしました。
陸路だと長時間バス缶詰か、JR利用するなら時間を取るかお金を取るかみたいな状態だし(何で特急廃止したんだコノヤロー)
にしても久々だよ海越え。
島原外港から熊本港へのフェリーを利用するルートです。
ちなみに島原外港までは島鉄ガタゴト。
船にゆられて熊本港に着く頃にはだいぶん暗くなってましたが、港の入口にてイルカ(スナメリ?)の群れに遭遇。背中が水面からたくさん見え隠れするさまに、寒いデッキで母ときゃいきゃい盛り上がった☆
ホテルは通町筋のエリアに取ってたので、港から熊本駅までフェリー利用者専用のシャトルバス(マイクロバス)で移動し、路面電車に乗り換えて市街地まで移動しました。
街は賑わってたけど、建物の外壁にビシビシひびが入ってるのを見たり、遠目で見た感じは大丈夫そうな建物の前に規制がしてあって立ち入り禁止だったり。
住んでた頃は街もよく遊びに出ていたけど、何度も利用したことのあったうどん屋さんの建物がごっそりなくなっていた(たぶんダメージ大きくて取り壊し済)のが、なかなか衝撃。
寂しいなぁ…。
夕食は何かご馳走でも食べるかどうするかーと思ったりもしてましたが、雨の中を歩いてって一度ホテルにチェックインすると、さすがに疲れが出たね;
「もう混んでなきゃ入ることにしよう!」と上通りアーケードの方に行って、看板が目に留まったのでもんじゃ焼きのお店に入りました。
何気、もんじゃ焼き初体験だよ我ら( ゜∀゜)( ゜∀゜)!
説明書きを一応読んでから挑んだんですが、とにかくあのサラサラの液体が、先に刻みキャベツやウィンナーで作った土手から、平気で流出する;
ドラマとか漫画みたいに上手になんて食べられんよ;;
もうひたっすら、ヘラとコテで鉄板の真ん中より向こうに侵略しないよう、せき止めてかき混ぜてせき止めて…
こんなに忙しい食べ物だったのねw
もう二人とも無我夢中、無心、無言でガシガシと熱中。
頭からっぽにできたので、ちょっとリフレッシュにはなったかも知れんww
帰りにドラッグストアでドリンク剤を買って、部屋で飲んで、一日目終了。

翌朝、ホテルの朝食サービスをいただいて、親戚方へは路面電車とタクシー乗り継いで行く計画でスタート。
熊本の路面電車は馬力が違いますねー。
何か地下鉄系のエンジンの音がするよ!
坂道も上るよ!!
あんな勾配とカーブの応酬、長崎の路面電車だとまず耐えられんな;
車窓からの眺めに母子できょろきょろしていたら、向かいの席のお客さんから
「何かお探しですか?」と訊ねられたり。
膝に乗せてる状態とは言え、お土産のカステラ重いんじゃないかなーと思って、母に持とうかって打診、うんにゃ良か…などとやり取りしてたら

ドシン!

さっきのお客さんが
「今揺れたごた。もうね、ちょっと揺れたら体が反応して分かるごてなっとるもんね」と。

私、最初、母が座り直して車体が揺れたのかなって思った。ごめん母;;


※後日補足
この時ほんとに地震起きてました。親戚宅に着いたら「今日は久しぶりにちょっと揺れたもんねー」と言ってたし)

親戚宅のやや近くの病院で下車、さぁきっとエントランスにタクシー乗り場があって車並んでるさ…と思って行ったら…


タクシーがいない。あれ……


病院の前の道を見ていても全然通りかからないので、ちょっと焦って館内の公衆電話でタウンページ片手に配車依頼電話をかけるも「15分くらいかかります」との返答に、そんなに待てないのでーとお断りする。
で、病院の窓口の方に頼めば、よく利用してるところの車を呼んでくれるのではないかということで、お願いするも「15分かかるそうです
…え、さっきのとこか?別な会社?
タクシーそんなにいないの!?


完全な誤算でした;振り回してホントすまん、母;;


何とか約束していた到着時刻の10分後くらいに着きました。
そんで色々お話したり、お昼をご馳走になったり。
名残惜しかったけども、あまり遅くまでいると、帰りの交通手段が厳しくなるので、おいとま。

帰りに鶴屋に寄りました。お土産買いに、ぴら~っと。
ちょうどくまモンの居る日時だったので、どんな感じで在室してるのかなーと思って“くまモンスクエア”の前まで行くも、ものすごい人だかりでΣ(-∀-`;)
握手とか断念、人垣の間からちらちらっと揺れる黒い物体を「あぁ元気だねー…」と見て、地下食料品売り場へ移動しました。
鶴屋のデパ地下は、2階分あるんだよね。
国内大手チェーンじゃないのにこの規模はすごいと思うんだ!立ち寄る方、魔窟ドハマり注意ですぞ。
母はからしれんこん等を買ってました。
私は、これ↓



こし餡をパイ生地で包んだお菓子



武者がえし~vvv

餡子苦手だった私が「これは…いけるぞ!」と目からウロコを大量放出し惚れ込んだ逸品なのです。
この工場も被災していて、製造再開したのは夏も終わろうかという頃だったんですよね。
先に再開したのは陣太鼓の方だったと記憶しています。熊本のお土産お菓子と言うとこっちの方がメジャーかと。

買い物後、鶴屋から歩いて交通センターのエリアまで移動。
港までのバスの便がなさすぎることに衝撃を受け、せめて熊本駅まで移動してからタクシーに乗ろうか、ということに。
しかしまぁあれだな…交通センター…更地!
これは地震の影響とかではなく、再開発とかそんな感じで建物やターミナルを解体して整備してるだけなんですがね。
センタープラザなんかも頻繁に利用していた施設だったので、やっぱり寂しいー。
むちゃくちゃ時の流れを感じたですよ( ´△`)

で、港に着いた頃には所要時間30分の方の船便は営業時間過ぎてたので、帰りもフェリー。
島鉄の降車駅まで爆睡して降りる直前に起こされるとか;
ホントは当日中に実家立ち寄り後折り返して自分ちに戻るつもりだったんですが、あまりにも遅い時間になってたので、泊まりました。
仕事の休みを利用してあきさんの世話と留守番役で来ていた兄に連絡して、降車駅まで迎えに来てもらったし。


何だかんだで、さくらさん亡くなって以降、家族の距離が少し近くなった気がします。
そんなとこまで気配りさんか!
ホントによくできた娘だったのです。
自慢です。
ちっさな体から愛が溢れとる子だよ。
大学は、入試合格するのが目標みたいになってて向学意欲が湧かず、まさかの中退をかましてしまったわけですが、まぁこんなに上等の猫を拾えたならば、熊本に行っていた意味はあったというものだ。


あーまだやっぱ手触りとか恋しいなぁ…


父の死に関しては本で色々と材料にしましたが、だからって死という現象そのものへの動揺とかを全て上手に処理できるようになったわけではないっす。
悲しいもんは悲しいぜ…



そういっちゃ熊本。
「漫画とかで『ぎゃふん』って言うけど実際には言わないよね」みたいな話、たまにあるじゃないですか。
しかし。
大学在学中にたまたま乗ったタクシーの運ちゃん、運転しながら何かかんかしゃべってくれてた中で
「もうね、『ぎゃふん』て言うたけんね(笑!)」って言ってました。
言うんだ…
まぁ熊本弁というわけでもないのかなぁとは思ってるんですが。
「熊本人が道案内する時は身振り手振りと共に『ぎゃん行ってぎゃん行ってぎゃんぎゃんぎゃん行くったい!』みたいな説明をする」っていう笑い話なんかもありまして。
そこから類推すると…あるかもしれない?w
あの時の運ちゃん、今もどこかで元気にしてるといいな。
ぎゃふんって言いたくなるような出来事も、ぎゃん行ってぎゃんぎゃんぎゃんっと乗り越えて太っとか明るか道に出て、笑って話せてるといいなー。




時に。
今週の長崎新聞で、活水の田中俊廣先生が、拙著について言及してくださっています。
ありがとうございます!




当社比最大の暴投中
カフェイン耐性が半端ないです。宮城です。
まぁあれです。
箸が転がっても眠っちゃう」なんて言いますしね。
ことわざでも「風が吹けば宮城ま咲が眠る」などというものがあります。
経済格言で有名なものとして「アメリカがくしゃみをすれば宮城ま咲が二度寝する」今更ご紹介するまでもないか…

前回の更新後、本当に本っ当にシャレにならないほど眠気に打ちのめされていました。

orz


子供の頃に、眠気覚まし用の黒いガムを口に含んだまま爆睡していたり(ノドつまるぞ)
センター入試の際など、瓶入りのカフェインドリンクを飲んで挑んだにも関わらず、用紙がよだれでベコベコになるくらい眠りこけたとか(当然点数こてんぱん)
真偽のほどは不明ですが、乳児の頃はミルクを飲ませてる最中に眠ってしまうので、祖母と頬をはたきはたき飲ませていたんだと母がw
もう特異体質ですな、きっと('ー`)
今年も原稿を書きためている時、眠気を覚ましたいを通り越し眠気に苛立ってコーヒーをガブガブ飲んでいたら、結局眠気ちっとも改善しないまま胃をやられて、ネスカ○ェの赤ラベルすら一口飲んだらトイレにゴー状態になってました。
何て甲斐のない…ていうかもったいない…
今はそうなる前に自重して寝てます。従って、しなきゃいけないことが軒並み進んでなーい☆




本題。
献本です。
ご恵投ご恵贈なんて言ってくださる方が何人もあり、どうしようとオロオロしている今日この頃です。
どう見てもご暴投です。
ご迷惑おかけしております。
これでも結構迷って「あぁでも絶対こういう書き方のとか読まなさそう…」みたいな方には送付見合わせたりしています。
「お名前はあちこちでお見かけする方だけど、私みたいなのまで本出したからって送り付けてたらお邪魔やろ」とか。
それでいて、何か気になるなぁという方には思い切って発送してみたり。
「うちに送ってこないなんて失礼!」と思われた方も、「この手の本って要らないんだけど」と思われた方も、申し訳ありません。
要らんのに来ちゃったよー…な場合は、お手数ですがお住まいの地域の図書館にご寄贈いただくか、古本屋にでもお持ちください;
刊行したばかりだから、お弁当代くらいにはなるはず;
ちなみに私は、お弁当はほっ○もっとの肉野菜炒め弁当が好きです。
ご飯は半分くらい冷凍保存に回して、まずは野菜と当日食用分のご飯を交互に何口か食べます。で、おかずの器に余裕が出てきたら、ご飯を投入ー!で、タレをからめてぞろぞろ掻き込む。お行儀良くない感じだけど。
からあげももちろん好きです。
からあげ弁当もいいけど、お酒飲みたい時は、からあげおかずのみ+サラダを購入してつまみにしたりします。
米粒と一緒にはあんまりお酒飲み切らんとたい(;´ω`)
そんな、お弁当と秤にかけられてもおかしくないような送付物にレスポンスくださった方、本当にありがとうございます!
私はツイッターアカウントは持ってないので、ふっと思い出した時に検索してつぶやきを拝見するくらいなんですが、本に言及してくださる方もあり、嬉しくてもぞもぞしています。
お、そうそう。
本の刊行時に出版社へ依頼し、献本の大部分を代理で送付してもらったんですが、後から「あ!あの人リストに入れ損ねてたっぽい!!」と思い出しては追加で自分ちから発送をしています。
初動から遅れての送付なのに本だけころーんじゃあんまりだろうと思ったので、便箋に手書きで一筆したものを同封しています。
ただし、時候の挨拶など多少の変更は加えましたが(11月発送と12月発送じゃさすがに内容が合わなくなるし)
原則どなたにも同じ文面です。
ゆうメールには信書は入れられません。
しかし、添え書きなど「こちらの気持ちを個別の相手に伝えるものではないもの」みたいなのならば入れていいということでしたので。
郵便局窓口の方に文面を見せて「これだったら大丈夫ですか?」と確認をとり、OKが出たものを封入している次第。
気が利いているわけではないのです;
あー大量複製手書き挨拶状ねー」と思ってください。


今週末は久々の大阪です。
本出すまで休学してた文校、秋期復学したので。
飛行機ですよー。春に山陰旅行する際使ったっきりだから…9ヶ月ぶりか。
実はいまだに慣れないです。怖いです。
離陸時には手すりがぶち砕けんばかりに握りしめています。手に汗びっつりウフフ
これでもだいぶんマシかなぁ。
10年くらい前に東京行く時の飛行機で、怯えすぎてトイレ行ってもお小水出なかったよ。これがホントのお憔悴
しかし陸路もぼちぼち堪えるので、大阪など遠方に行く場合は空路利用を選ぶことが増えつつあります。
陸路だと乗り換えアリで5時間くらいかかるかね?
しかも長崎~博多の特急で酔います;白いかもめの革張りのシートが個人的にすごく苦手です(-ω-`)
ほら、私チビなので。椅子の背もたれとヘッドレストの継ぎ目の位置が、体に合ってなくて、首が圧迫されるんですよ。
そんで革のニオイもつらいし。
元気な時はどうもないんだけど、ちょっと酔い始めると、他人が食べてる食べ物のニオイもツラい。加えて、隣の席に来た人が香水とか整髪料とかつけてると、もうダメです…トイレのそばの連結部で壁に背中を押しつけて「く」の字になってます。
ハイパー車両好きだったんだけどなぁ。もう引退したっけか。黒いのも座席が革張りじゃないからまぁまぁ平気。
でも圧倒的に白いかもめでの運行が多い;
もう車内販売もなくなったしねー。コーヒー飲むの、贅沢してるみたいで至福でした。
利便性はだんだん低くなる一方で観光列車次々投入とか、もうどっち行こうとしてるのん?JR九州は…
┐(´~`;)┌




まぁそんな感じで宮城ま咲もどこかに向かって迷走中です。
生暖かく見守っていただけると幸い。











プロフィール的なもの。
当社比大規模なだけなのか、一般的に見ても常軌を逸してるのかは分かりませんが、あちこち献本送り付けさせていただいたので、略歴をまとめておくことにしました。

情報は随時追加、更新していきます。
ちなみに私、ツイッターやってません。
サイトも昔は持ってたけど、数年前にプロバイダが無料サービス終了するタイミングで閉鎖しました;
現在、情報を自分で発信・公開しているのは、このブログだけです^^;

1978年長崎県生まれ
大学進学などのため他県に何年か暮らすが、現在また長崎県在住
熊本大学文学部文学科中退(言語学コース、4年次)

諫早高校在学中に放送部と文学部(いわゆる文芸部がそういう名前だった)をかけもちしたり、大学在学中にネット友達などの間でHPに作品を載せるのが流行っていたので、ちらちらっと詩っぽいものを書いていたが、2001年ごろから色々心身が追いつめられるようなことがあったのをきっかけに、本腰入れて詩を書こうと思うようになる。

2007年 第2詩集『訓薫諫甘』で第22回長崎県文芸協会賞を受賞
2009年 長崎新聞新春文芸現代詩部門入選
2009年 第49回長崎県文芸現代詩部門第二席受賞
2010年4月から大阪文学学校通信教育部に在籍、
  2012年度から2017年3月末まで研究科に所属
   (2015年春~1年半休学)
2012年 『脱原発・自然エネルギー218人詩集』(コールサック社)に 「捨てたくないよ」掲載
 (単品で読んだらテーマがそれって気付かないようなテイストです)
2013年1月の東京新聞にて上記アンソロから作品紹介していただくのに伴い、短文を寄せる
2014年 第54回長崎県文芸現代詩部門第三席受賞
2015年6月号の樹林“在校生特集号”に入選
2016年 第36回大阪文学学校賞詩部門ノミネート(受賞はならず)
2016年 第56回長崎県文芸現代詩部門第二席受賞
2016年11月 第3詩集『よるのはんせいかい』出版


2016年(37号)より『西九州文学』会員

まぁそんな感じです。
「可もなく不可もない」っていうのはこういうことを言うんだ!…かな?




『よるのはんせいかい』取扱い状況 2017年5月下旬時点
長崎市内
大波止ゆめタウン夢彩都内紀伊國屋書店さん在庫なし
長崎駅前アミュプラザ内メトロ書店さん在庫1?
浜町アーケード好文堂書店さん一旦委託期限終了
(店頭になかったら店員さんに訊いてください)

今後の取扱いについては、もうちっと何か機会があったら考えてみます(2017.06.09)



なくしものの夏
さてさて再開後2回目の更新ー。



この夏は若干地味にほんの少し当社比で忙しかったようなバタバタしてたような感じでした。






実家の、おしゃもじさん


高級おしゃもじ



さくらさんです。白黒(最近は割合に準じて黒白と表現したりもするらしい?)のにゃんこ。




彼女ですが、今年の7月に18歳と2ヶ月くらいの生涯を終えました。
猫にはよくある、老化に伴う腎機能の低下が原因でした。

分かってからは早かったなぁ。

私は、「動物病院連れて行ったよ」と連絡を受けてから実家に行ったんですが、調子を崩してからほんの1週間くらいでの看病終了。
ほんの、と言っても、彼女からしたらすごく長かったやろね。ご飯食べられなくなって自力で動けんようになって、息も苦しい数日でしたので。
ステージ23なら、まだできることもあったんですが、もう病院かかった時にはステージ4で、おうちで過ごさせてあげてくださいって感じでした。

私もだけど、家族もどえらくショック、落胆でして。

初めて、ペット火葬場という施設を利用しました。
そんで、お骨は実家に連れて帰りました。

なんだかなぁ、得難い経験であることは確かだけど、まだまだ作品化できるほど客観視できひん。がんばろ。




あたしが邪魔したからママの仕事が遅れちゃった
とか思わせたくなかったので、火葬後は、出版予定の原稿の仕上げにめっちゃスパートかけました。
7月最後の平日に、予定していた出版社さんに連絡。
そっから3ヶ月ちょっとで、何とか詩集できあがりました。
あれやよね、10月刊が一年の中で一番多いとかいう話を小耳に挟んだことがあるし、事前に投稿欄でなじんでいた書き手とかでもなかったので、出版社の方々はビックリされたんではないかと;
いきなり電話してきて「出版の相談をしたいんですけど」とか…
    ていうかもはや相談でもない ↑ 原稿送って即開始状態


原稿、刷って確認して返送ってのを3回やるんですよ。
なので(?)やっと本の形になって手元に来た時、感動とか達成感というより


もう目が上滑りして、感情が動かない…(ノ_ _;)ノ





手始めにお知り合いに県文芸の際にお渡ししまして、喜んではいただけたけど、よっしゃー!っていう気分にならないですね。。
「こんなん渡して良かったやろか…」みたいな;

いやいや、きっと原稿とかまだ見てなかった人には、面白いと思ってもらえる箇所もある!はず!




…はず……





装幀はすごくステキです!表紙絵もドンピシャ☆な感じ
だからいい本だ!ということで…






そしてバタバタしていたこの夏、福島桃をついに食べ逃してしまったのでした。
2011年から毎年食べるようにしてたのにー><!!
つか最寄りのスーパーが1個売りしてくれないんだもん!
さすがに日頃果物買い求めてまで食べない嗜好で2つも買えんよ…
タイミングよく実家に行けるほど時間的な自由度が今年はなかったしなぁ。
1個売りしてる店のエリアまで行った時に限って、他に急いで買わなきゃいけない物があったりとか何とか。
難しいやね。


桃を1個買って一人かぶりつけるというのは、幸いなことであったのだ。
ふむ。





みやしろがあっぷをはじめました。
…。



|-ω-`)……。




こんばんは。おはよう生きてます。宮城です。

あれですね。名前の読み、「みやぎ」で合ってますよ。OKOK。
もうずいぶん昔にチャットみたいな掲示板みたいなところで友だちから「みやしろ」って呼ばれてたから、なんとなく自分でもそう言うことがあるだけだ。



前回の「生存表明」以降またもぐっていたので、残念な感じの記事ばかり続いてしまいましたwいやんw
ブログ更新してない間何をしていたかって、ソシャゲ的なサイトで毎日狩りをしたり料理を作ったりしていましたよ!釣りもしたな!
でもスマホの台頭でPC向けゲームサイトの扱いがちょっと鬼っぽくなってきたので、ぼちぼち入りびたりをやめて、ソリティアにハマりブログを更新するようにしようかなと思っています。

あ、文芸活動もしておりますよ!
県文芸の現代詩部門で選ばれたり、文学学校の在校生特集号に選ばれたり、本を出す準備をしたり、しています。
つか今年も運よく県文芸選んでもらえたけど…あれですよ…


プロフスペースに載っけてる自画像が今の自分と乖離しすぎだ!w



今は大体ショートで大抵メガネのショルダーバッグ標準装備おっさんです。
そのうち自画像差し替えとこう;

文芸活動以外にもまぁ色々ありましたが、その話はまた別の機会に。



とりあえず今朝は生存表明パート2だ><!!

それではまたねー




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プロフィール

宮城ま咲

Author:宮城ま咲
年がら年中ショルダーバッグで出歩く流行逆行型。
猫の皮を被った柴犬の皮を被ったおっさんのような生きものです。もっさりしているよ!
色々な意味で過渡期(曲がり角だとか何とか)
再開後の当面の目標は「週イチ更新」ですかねぇ。

たまにネタが根づまりして丸ごとやーめたってなりますのよ。あーね



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